TOP > 半導体技術・産業動向の教養 > 日本の半導体産業の世界的位置づけ
近年、さまざまな分野で「日本はもうダメだ」という論調を聞きます。GDPは減少し続け、米国に次いで世界2位だった栄光は過去のものとなつてしまいました。そして日本が衰退しているといわれるのは、半導体においても例外ではありません。
実際に1970年代から1980年代にかけては日本の半導体が世界を牽引し「日の丸半導体」とも呼ばれたものの、2000年代に入るとシェアを急速に減らしてしまいました。こうした事態に陥った原因については、日米半導体協定やパソコンの台頭によるシェア減少などが挙げられます。SIAの月次出荷金額の統計によると、2021年の年末から2022年にかけて、米国や欧州、中国、APAC (日本、中国を除くアジア太平洋州)が出荷額のピークを更新しましたが、日本は2010年の10月のピークを今も更新できておらず、日本の半導体消費市場としての世界における地位低下が、日本の半導体メーカーのシェア低下に関連しているともいえます。
では実際に日本の半導体は世界に比べて遅れており、日本は世界の半導体業界に対する影響力を失っているのでしょうか。結論から述べると、まずは今時点において日本はかつての勢いを失っています。しかし今後の状況としては、かつての日の丸半導体のような勢いを取り戻すのは難しいものの、半導体業界のなかで影響力をもち続けることは不可能ではないと考えられます。これについて述べるためには、まず次の3つのポイントを整理しなければいけません。
●国際競争力の高いファウンドリ企業もファブレス企業もない
●半導体材料や半導体製造装置においては、今も高いシェアを誇る
●日本企業、外国企業を含め、いまだたくさんの半導体工場がある
日本には国際競争力の高いフアウンドリ企業もファブレス企業もない点です。世界で水平分業化が進むなか、日本はその流れに乗ることができませんでした。実際に日本の半導体は遅れていると論じるもののほとんどが、この点を指摘しています。そういった意味では、日本の半導体が遅れているというのは間違った認識ではありません。
ではなぜ日本は水平分業化の流れに乗れなかったのでしょうか。理由としては、日本企業の設計から製造までを一貫で行う垂直統合型へのこだわりがあったためと考えられています。日本企業にありがちな体質として、自社の目の届くところでしっかりと管理し、過剰品質といわれるくらいに高品質なものを作りたがる傾向がありました。そのためには一貫生産体制でなければならなかったのです。
実際に1970年代から1980年代にかけて日本が垂直統合型のビジネスモデルで世界を牽引できた裏側には、このようなこだわりがあったのも事実です。けれども、それゆえに日本企業は水平分業化を取り入れることに大きく遅れました。半導体の設計を行う会社や部門は、あくまでも電子機器メーカーの下請けという立場から抜けられず、フアブレス企業やフアウンドリ企業に進化できなかったのです。またベンチヤー企業としてのファブレス企業は日本で誕生したものの、いずれも大きな成功を収めることはできませんでした。
2022年現在、従来のような垂直統合型のビジネスモデルで日本に残っている半導体メーカーはソニーのみです。キオクシア、ルネサスエレクトロニクスの2社は、半導体の設計、製造、後工程を1社で行うIDM方式の企業です。これらの半導体生産量は少なくはなく、ソニー、キオクシア、ルネサスエレクトロニクスの3社だけで日本の半導体生産額の半分前後を占め、3兆円から4兆円程度の売上があります。日本には旭化成エレクトロニクスやセイコーエプソン、ローム、日清紡マイクロデバイス、シャープなどといつた、世界的に評価の高い、優れた製品を生み出してきた半導体メーカーが少なくありません。
日本のメーカーは決して無力ではないのは確かです。ほかにも、自動車最大手トヨタグループの中核会社であるデンソーは、1960年代後半から自動車向けを中心に半導体の開発に取り組んでいます。そして2020年にその売上が3200億円規模となり、2025年までには5000億円規模の売上を達成することを目標に掲げています。デンソーは外部企業に半導体を販売しておらず、自動車向け機器の一部として使っているので外部から注目されにくい側面がありますが、研究開発と技術力に優れた企業であることが分かります。しかし今後日本から有力なフアウンドリ企業が出てくるのは一部の特殊な用途を除けば難しいと考えたほうがよいでしょう。
続いて日本が今も半導体材料や半導体製造装置において高いシェアを誇っているという部分です。例えば半導体材料のシリコンウェハーであれば、信越化学工業やSUMCOを含めた日本のメー
カーが世界シェアの62%近くを占めています。またフォトマスクは凸版印刷と大日本印刷で20%程度のシェア、フオトレジストに至っては東京応化工業やJSRなど複数の日本企業で91%ものシェアを占めているのです。
半導体製造装置においても日本の企業のシェアは決して少なくありません。例えばウェハー洗浄装置において、前洗浄ではSCREENホールデイングスをはじめとする日本企業が約90%のシェアを、後洗浄でも日本企業が70%近いシェアを占めています。さらにコータ。デベロッパでは東京エレクトロンをはじめとする日本企業が92%のシェアを占めています。また、日本企業は半導体基板や、後工程装置のシェアでも世界のトップを走っています。半導体基板メーカーにおいてはイビデンと新光電気工業の2社が特にCPU向けのパッケージ基板に強く、この2社がなければサーバー用プロセッサを製造できないとまでいわれています。後工程装置ではテスタにおいて日本企業がシェアの過半数を占め、ダイサ(シリコンウェハーを切り分ける際に使われる装置)ではなんと90%近いシェアを独占しています。
もちろん貴ガスや酸化用皮膜のほか、露光装置や一部の検査装置など他国が圧倒的なシェアを占める材料や装置もあります。けれども少なくとも材料分野や製造装置分野においては「日本企業はもうダメ」ということはまったくなく、半導体業界に対し強い影響カをもっているといえるでしよう。
そして最後のポイントは日本企業、外国企業を含め、日本にはいまだにたくさんの半導体工場がある点です。もちろん最先端プロセスを導入する半導体工場はありませんが、既存のプロセスを採用した半導体工場は数多くあります。キオクシア、ソニーといった日本の半導体メーカーだけでなく、海外の半導体メーカーの工場が、日本の各地にあります。半導体の製造にはきれいな水や空気が必要なこともあり、日本は比較的半導体を製造しやすい条件がそろっているのです。つまり少なくとも2022年現在、そしてこの先5年から10年くらいの間に関しては、日本でも半導体が盛んに作られると考えられています。この点に関しては日本が特別に世界から遅れているとはいえないでしょう。
これら3つのポイントのほかに、日本の半導体産業の競争力はISSCC (International Solid-State Circuits Conference)という半導体関連の国際学会における論文採択数が少ないから衰退している、とする見方もあります。実際に2022年に採択された論文の数は、米国が69件、韓国41件、中国30件、台湾15件だったのに対し、日本はわずか7件でした。
こうして見てみると、確かに日本から選ばれる論文の数は少なく、その数は2015年以降ずっと減少傾向にあります。この部分だけ見ると、日本の研究開発力が落ちているように見えるのも事実でしょう。しかし日本の半導体産業が世界を席巻していた1980年代から1990年代前半も、日本の論文採択数が特別多かったわけではありません。アジアのなかでは日本の論文採択数は最も多かったものの、当時最も多く論文が採用されていたのはやはり米国で、それを追うようにオランダやドイツも多く採択されていました。つまり日本の順位が大きく落ちたというよりは、韓国や中国をはじめとするアジアの国々の数が増えているという見方ができるのです。
このようななか、TSMCの半導体工場が新しく熊本県に作られることに関し、日本は遅れているか否かという議論があります。
実は熊本県に誘致される工場は、比較的新しい世代の半導体を製造する技術を採用していることには間違いないのですが、最先端の半導体製造技術を導入しません。そのため、わざわざ工場を誘致する意味があるのかを疑間視する声があります。なぜなら、次世代の半導体を開発するためには、現時点での最先端の半導体製造に対するノウハウが必要だからです。例えば現時点での最先端の半導体製造の最小加工線幅が4nmであった場合、次世代となる2nmの半導体を開発するためには、4nmの半導体製造技術を知らなければいけません。7nmの半導体を作っているところから急に2nmの半導体を開発しようとしても非常に困難なのです。現在日本には最先端の半導体製造技術を導入する工場はありませんので、日本が再び世界の最先端に返り咲くためには、日本に最先端の工場を誘致する必要があります。そのため、日本が再びトツプに立つチヤンスをみすみす逃している、このままでは日本の半導体は世界からどんどん遅れていくと論じる人がいるのです。しかし日本政府としても、今後最先端の製造工程を日本に引き入れたいという考えをもっています。実際に熊本県のTSMCの工場には16nmや12nmの製造プロセスの追加が決まりました。今後は、日本の強みである製造装置や材料技術を活かし、現在最先端となっている2皿の半導体の次に来るハイエンドの製造工程の設置を狙っているといいます。
続いて、遅れているわけではないという意見を整理してみます。ここでポイントになってくるのは、半導体市場のうち最先端の製造技術で作る半導体が占めるのは、 一部であるという事実です。半導体業界においては最先端ではない製造技術で作る半導体の需要のほうが大きいのです。つまり熊本県の工場で作ろうとしている半導体は「今必要とされている半導体」なのです。例えば自動車に使われる半導体は最先端製造技術ではなく、少し古い世代の製造技術で作ったものが好まれる傾向があります。なぜなら自動車は暑いところも寒いところも走らなければならないため、たとえ半導体のサイズが少し大きくなろうとも、長く使われてきて信頼性の高い半導体が必要だからです。
つまり自動車が必要とするのは、熊本県に建てられようとしている工場で作られるような、最先端ではない製造技術で作る半導体なのです。また、半導体は設備投資にも莫大な資金が必要です。それだけの投資を行って新しい工場を作るならば、売れると分かっている半導体のための工場を作りたいと考えるのは当たり前なのです。
日本が世界の半導体市場を牽引していた頃は、最も売れる半導体は最先端の製造技術で作る半導体でした。最先端の製造技術で製造した半導体から、高性能な新しい電子機器が生み出され、それが爆発的に売れることでその半導体が大量に売れる、そういう時代だったのです。そのため今も日本には、最先端の製造技術で作る半導体を作れば世界のシェアを牽引できると考えている人が少なくありません。しかし今は時代が変わり、最先端の半導体が担う市場は一部になりました。もちろんそのような半導体が新たな商品や価値観を生み出す可能性は依然として高いといえます。しかし、最先端の製造技術でなくとも、その時代その時代で最も売れる半導体を作り続けていくというのも、半導体市場において存在感を示し続けるための戦略の一つなのです。これが、熊本県に誘致されるTSMCの工場が最先端の製造技術でなくとも「遅れているわけではない」と論じられる理由です。
このようなことから、日本の半導体は世界と比べて遅れているかという問いに対する答えは、遅れている部分もあり、かつてのような栄華を取り戻すのは難しいけれども、半導体市場から取り残されずにやっていくことは十分に可能ということになります。半導体を取り巻く状況を無視した状態で、 一元的に「遅れている」「遅れていない」と論じるのは、少々短絡的ともいえます。
[オススメ記事]日本の電子部品メーカーと半導体
[オススメ記事]中国、台湾、欧米――市場のメインプレーヤたち