TOP > 半導体年表 > 1990年の半導体産業・技術分野の重要な動向
1990年の半導体産業・技術分野における重要な動向は以下のとおりです。
1. DRAM市場での日本企業の優位性
1990年当時、日本企業がDRAM(Dynamic Random Access Memory)市場をほぼ独占していました。1980年代後半から90年代初頭にかけて、NEC、日立、東芝、富士通、三菱電機といった日本企業が、アメリカの半導体メーカーを圧倒する生産能力と品質の高さを誇っていました。
●1990年のDRAM市場シェアは、日本企業が50%以上を占めており、米国企業(IBMやTIなど)は劣勢に立たされていました。
●4Mb DRAMの開発が進み、大容量化が進展。
●日本政府と企業が共同で進めた「VLSI計画」(1976年-1980年)が成功し、高品質な半導体製造技術の基盤が強化されたことが、日本の優位性につながった。
2. 米国の「SEMATECH」による巻き返し
1980年代後半、日本企業の台頭に危機感を抱いたアメリカ政府と米国企業は「SEMATECH(Semiconductor Manufacturing Technology Consortium)」を設立。
●SEMATECHは、アメリカの主要半導体メーカー(Intel、IBM、Texas Instruments など)と米国政府が共同で出資し、半導体製造技術の強化を目指したコンソーシアム。
●1990年には、SEMATECHの研究開発が本格化し、日本に対抗するための技術革新が推進されていた。
●特に、次世代の製造技術(リソグラフィ、クリーンルーム技術など)の開発が強化された。
3. Intelによる「マイクロプロセッサ」市場の拡大
●1990年、Intelは「i486」マイクロプロセッサの改良版をリリース。
●32ビットプロセッサの普及が進み、パーソナルコンピューター(PC)の性能が飛躍的に向上。
●1990年にはIntelが「Pentium(P5)」の開発を進めており、1993年の正式リリースに向けた準備が本格化。
●PC市場の拡大に伴い、マイクロプロセッサの需要が急増。
4. CMOS技術の主流化
●1990年頃には、半導体の製造技術としてCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)技術が主流になりつつあった。
●従来のNMOSやバイポーラ技術よりも消費電力が低く、集積度を高めやすい特性が評価され、CMOSが半導体の標準技術となった。
●CMOS技術は、プロセッサだけでなくDRAMやフラッシュメモリの製造にも活用されるようになった。
5. フラッシュメモリ技術の進化
●1990年、東芝がフラッシュメモリ技術を進化させ、大容量ストレージ向けの開発を進める。
●フラッシュメモリは、従来のROMやDRAMとは異なり、データを電気的に消去・再書き込みできる不揮発性メモリとして、ストレージ用途に革新をもたらした。
●この技術は、後にSSDやUSBメモリ、スマートフォン用ストレージへと発展していく。
6. 半導体製造プロセスの微細化(0.5μmプロセスの実用化)
●1990年頃、半導体の製造プロセスが0.5μm(500nm)に到達し、さらなる微細化が進行。
●微細化により、チップの集積度向上、消費電力の削減、処理速度の向上が可能になった。
●日本やアメリカ、ヨーロッパの半導体メーカーが、次世代の0.35μmプロセス開発に取り組み始めていた。
7. 半導体産業のグローバル化と韓国・台湾の台頭
●1990年当時、日本とアメリカが半導体産業をリードしていたが、韓国や台湾が急成長し始めた時期でもあった。
●韓国のサムスン電子、LGセミコン、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)などが本格的にDRAMやASIC市場へ参入。
●これらの企業は、日本やアメリカの技術を導入しながら、安価で高性能な半導体製造を目指し、競争力を強化していた。
●特にTSMCは、ファウンドリー(半導体の受託生産)モデルを確立し、将来の半導体産業における重要なプレイヤーとなる基盤を築いた。
まとめ
1990年の半導体産業は、日本のDRAM市場での支配、米国のSEMATECHによる巻き返し、Intelのマイクロプロセッサ市場拡大、CMOS技術の普及、フラッシュメモリ技術の進化、半導体製造プロセスの微細化、韓国・台湾の台頭といった大きな変化が見られました。
この時期の技術革新と市場変化が、後の半導体業界の競争構造を大きく変える基盤となりました。
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