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旭化成エレクトロニクス株式会社(Asahi Kasei Microdevices Corporation、以下AKM)は、旭化成グループのマテリアル領域における中核企業として、センシングデバイスや高性能IC製品を提供しています。東京都千代田区有楽町1丁目1番2号 日比谷三井タワーに本社を置いている。1980年に宮崎電子株式会社として設立され、ホール素子を事業化したことからはじまります。それ以来、化合物半導体技術とアナログ/デジタル混載技術を融合させた独自の製品開発を行い、携帯機器、民生機器、カーエレクトロニクス、住宅設備、産業機器など、幅広い分野で活躍しています。
技術戦略:センシング技術の革新と応用
AKMは、化合物半導体を用いたホール素子の開発に注力しており、これにより高感度な磁場検出が可能となっています。この技術は、EV向けの電流センサーやミリ波レーダーなどに応用され、車載用の安全機能や高齢者見守りシステムなど、多岐にわたる分野で活用されています。
また、低消費電力・高速・高精度を特長とする半導体集積回路の開発にも力を入れており、ミックスドシグナルLSIは、スマートフォンなどの携帯機器、自動車、産業機器、インフラ機器など、さまざまなエレクトロニクス製品に組み込まれています。
経営戦略:素材と電子部品の融合による新市場開拓
旭化成は、素材と電子部品の両方を手がける強みを活かし、AR/VR向けのヘッドマウントディスプレイ(HMD)市場に参入しています。低複屈折透明樹脂「AZP」や反射型偏光フィルム「WGF」を用いたレンズ材料の開発により、HMDの薄型化を実現しています。また、頭ぶれ補正技術や指輪型コントローラー、体温センサーなど、ウェアラブル機器向けの新技術も開発中です。
さらに、2024年6月には技術開発拠点「AKM Co-creation & Technologyセンター」を新横浜に開設し、製品開発・設計・研究開発の各技術開発の主要機能を集約しています。これにより、デジタルソリューション事業をマテリアル領域の重点成長分野に位置づけ、事業の拡大成長を加速させています。
国際戦略:グローバル展開と現地ニーズへの対応
AKMは、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などに関連会社を設立し、グローバルな事業展開を行っています。各地域の市場ニーズに対応した製品開発や技術サポートを提供し、現地企業との協業を通じて、国際的な競争力を強化しています。
また、旭化成グループ全体としても、デジタルソリューション事業をマテリアル領域の重点成長分野に位置づけており、電子部品・電子材料を併せ持つ強みを活かして「マテリアル領域の大きな収益の柱」とすべく、事業の拡大成長を加速させています。
市場におけるポジショニング:ニッチ市場での高付加価値提供
AKMは、一般的な半導体製品ではなく、特定の用途に特化した高性能な製品を提供することで、ニッチ市場での存在感を高めています。例えば、EV向けの高速応答電流センサーや、非接触で高精度な検知が可能なミリ波レーダーなど、他社が容易に模倣できない技術力を武器に、差別化を図っています。
また、オーディオ分野では、「VELVET SOUND」ブランドのD/Aコンバータ(DAC)を展開し、ハイファイオーディオ市場での品質のベンチマークとして高い評価を得ています。これにより、コンテンツ産業における戦略的なポジショニングを確立しています。
旭化成エレクトロニクスは、独自の技術力と素材・電子部品の融合による製品開発を通じて、今後も多様な分野でのイノベーションを牽引していくことが期待されます。
1. HITAC 5020の位置づけ再考:単なる一機種ではなく「転換点」
1964年に登場した日立製作所のHITAC 5020は、日本における「国産大型汎用コンピュータ元年」を象徴する存在である。その後、日本の電機各社は次々と大型計算機市場に参入し、富士通のFACOMシリーズ、NECのNEACシリーズなどとともに、熾烈な国産コンピュータ競争の幕が切って落とされた。
この5020は、単なる技術革新にとどまらず、産業政策の対象となる戦略的製品として、国家・産業・企業の三者の関係性の中で歴史的意義を持っていた。
2. 後継機種との比較:HITAC 8000シリーズへの発展と国際競争力の確立(HITAC 5020から8000シリーズへの飛躍)
HITAC 5020の技術は、後にHITAC 8000シリーズ(とくにHITAC 8800やMシリーズ)へと引き継がれる。5020がトランジスタによる汎用機だったのに対し、8000シリーズではIC(集積回路)化が進み、さらに仮想記憶機能やマルチタスク処理の導入により、当時世界標準となったIBM System/370シリーズに匹敵する性能を目指した。
項目 | HITAC 5020(1964) | HITAC 8000シリーズ(1970年代〜) |
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論理素子 | トランジスタ | 集積回路(IC、LSI) |
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メモリ構成 | 磁気コアメモリ | 高速主記憶(半導体メモリ)、仮想記憶 |
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ソフトウェア環境 | 自社製アセンブラ、簡易OS | OS/AS、VOS3など高度OS |
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対応業務 | 科学技術計算・事務処理 | トランザクション処理、ネットワーク連携 |
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国際標準との整合 | IBM互換部分あり(部分的) | IBM互換拡大、日米市場で競争可能に |
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8000シリーズは、国内市場のみならずアメリカ・アジア市場への輸出も視野に入れて設計され、1980年代の日立製メインフレームの国際展開の基盤となった。
3. 他社との競争構図:日立・富士通・NECによる三国志的競合
1960年代後半〜1970年代にかけて、日立は富士通・NECと並び、「計算機御三家」と称された。各社は異なる強みを持ちながら、大型汎用機市場で激しく競争した。
企業名 | 主力シリーズ | 特徴 |
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日立 | HITACシリーズ | 重電系の技術基盤、信頼性重視、大規模システム向け |
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富士通 | FACOMシリーズ | 科学技術計算に強み、文教・金融に強固な顧客基盤 |
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NEC | NEACシリーズ | 通信との連携、事務処理志向、官公庁分野に強い |
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とくに富士通は、早くから科学技術計算に注力しており、FACOM 230-60(1968)などで先進的な演算性能を実現した。NECはNEAC-2200シリーズにより、事務処理系の効率化に強みを発揮。日立は5020に続く大型機によって、銀行や保険会社の基幹系システム市場で躍進した。
これらの競争は、単なる技術水準の競い合いにとどまらず、顧客の業務プロセスに深く関わるシステム提案型営業の洗練へと発展した。
4. 政府の支援と産業政策:当時の通産省による「国産コンピュータ政策」
HITAC 5020を含む国産計算機の展開には、通商産業省(MITI)による強力な後押しがあった。特に注目すべき政策的支援は以下のとおりである:
(1) 特定電子計算機開発助成制度(1959年〜)
1960年代初頭、政府は国産コンピュータの研究開発に補助金を交付。日立・富士通・NECを「指定企業」として支援し、トランジスタ化・汎用化への道筋を後押しした。
(2) JAC(日本電子計算機株式会社)構想
政府と企業が共同出資する国策会社による標準化と集中開発を目指す動きもあり、民間主導と官主導の間を揺れ動く中で、国産技術の共通基盤化が進められた。結果的にJAC構想自体は大規模成功には至らなかったが、技術移転・人材育成に一定の役割を果たした。
(3) 輸入制限と調達優遇
当初、政府は外資製品(特にIBM製)の輸入を制限し、国内調達を原則とする調達基準を設けた。これは、国産機導入を優遇する形で、企業各社の国内シェア獲得に貢献した。
5. 総括:5020が築いたもの、それを継いだもの
HITAC 5020は、単なる「1台の計算機」ではない。それは、日本企業が技術的自立を目指し、グローバル競争に挑む過程で生まれた象徴的なプラットフォームであった。そこから生まれた技術力、信頼性重視の設計思想、人材の育成と組織的学習は、後に日立がメインフレーム分野で世界有数の地位を築く足がかりとなった。
同時に、その進化は、他社との技術的競争、そして政府との共創的産業政策という文脈なしには語れない。HITAC 5020は、戦後日本の情報技術産業の胎動を体現した「メモリを超えた記憶装置」だったのだ。
産業立国には、単に工場や技術を導入するだけでなく、国民全体の産業技術リテラシーの向上が不可欠です。例えば、明治期の日本においては、産業技術教養政策が採られたことは有名です。明治政府は「富国強兵・殖産興業」を掲げて産業立国を目指しましたが、エリート教育としての産業技術知識の普及ばかりではなく、広く一般国民の産業技術的素養を涵養するために、いくつかの明確な政策を実行しました。
1. 工部省の設置と工部大学校(1873年)
エリート技術者育成を目的にフランス式工学教育を導入。指導者層の近代工学理解を確保。
2. 実業教育の推進(明治20年代以降)【一般国民の教養としての産業技術への転換】
農学校、商業学校、工業学校などの「実業補習学校」や「中等実業学校」が全国に設置。地方レベルでも産業技能の習得を図った。
3. 博覧会や見学制度
「内国勧業博覧会」(1877年〜)では国民に新技術・新産業を見せ、理解を促進。見学・講習制度で技術の「可視化と体験化」を図った。
4. 義務教育と理科・手工教育
明治20年代以降、小学校で理科や手工が導入され、子どもたちに自然科学と技術への素地を育成。
以上のように、当初は産業技術を導入し、先導するためのエリート教育に産業技術教育を位置付けましたが、その後、一般国民への教養としての産業技術が位置付けられるようになります。これらはすべて、産業・技術に対する国民の理解と関心を高め、「国民を産業の担い手」として位置づける政策でした。
他国の事例:産業教育の国民的導入
明治期の日本の産業技術教育の教養化は、特別なものではなく、ドイツではクラフトマンシップと職業訓練制度を活用した政策が十されました。19世紀末、ドイツでは徒弟制度(デュアルシステム)と職業学校を組み合わせた仕組みを整備し、「市民的産業人」を育てる教育が国家レベルで支援されました。
英国では、産業革命期に工場法と労働者教育が実施され、工場労働者向けに「Mechanics’ Institutes(職工学校)」が各地に設立(1820年代〜)されました。理科や機械工学の基礎が夜間授業などで提供されもしました。
米国ではスミソニアン協会、さらにはランドグラント大学制度(1862年〜)が一般国民の産業技術教育が推進しました。ランドグラント大学制度は、土地を提供して設立された大学が農業・機械工学などの実践教育を行い、一般農民・技術者に知識を普及というもので、米国の大学の多くがこのランドグラント大学の影響を受けています。米国では急造された即席大学が「産業の民主化」を担う機関として機能しました。
今、日本の産業技術教育2.0
明治日本は、当初はエリート技術者中心の育成に重点を置きましたが、1880年代以降は国民全体の産業技術教養の向上を強く意識した政策へと転換しました。これはドイツやアメリカと並んで、「国民をして近代産業の担い手とする」ための教育体制の一環でした。産業立国においては、「制度と技術」と並んで、「理解と態度」の涵養が極めて重要です。明治日本の政策は、それをかなり早い段階で意識していたと評価できます。
今日、日本は産業技術における大きな胎動に直面して、新しい産業技術教育を必要としています。その一つが「半導体」なのです。「半導体なんて、高度な技術者が知っていればいい知識や先端技術なのだから、一般国民には関係ない」という意見が圧倒的でしょう。しかし、歴史的に見れば、産業技術は国民の教養化しない限り、その国にとって、その産業技術が地となり肉となることはないのです。
私たち日本人が100年後も国家としての命脈を保つためには、今こそ明治に行われた産業技術教育の国民への普及、産業技術の教養化を遂げなければならないのです。
私たちのサイトは、この半導体技術の教養化を図るための一歩として役立ちたいと考えています。
運営者一同
中国のスマートフォンメーカー、シャオミ(Xiaomi)が自社開発の先進的なモバイルチップ「Xring O1」の量産を開始したと発表しました。このチップは、同社の新製品「Xiaomi 15S Pro」スマートフォンおよび「Xiaomi Pad 7 Ultra」タブレットに搭載される予定で、シャオミは開発に135億元(約1.87億ドル)を投資し、今後10年間でさらに500億元以上をチップ設計に投資する計画を明らかにしています 。
この発表は、米国が中国に対して先端半導体技術の輸出規制を強化している中で行われました。米国は、スーパーコンピューターやAIに使用される先端半導体や製造装置、設計ソフトウェアなどの輸出を制限し、中国の先端半導体技術の発展を抑制しようとしています 。
シャオミの「Xring O1」チップが3nmプロセスで製造されているかどうかについては、公式には明言されていません。しかし、もし中国が自力で3nmチップの開発に成功したとすれば、これは米国の輸出規制を乗り越えた技術的なブレイクスルーであり、技術安全保障上の大きなリスクとなります。一方で、実際には3nmプロセスを使用していないにもかかわらず、そのように発表することで、国内外に対して技術力を誇示し、国家的な威信を高める戦略的な意図がある可能性も考えられます。
中国は、米国の規制に対抗するため、半導体の自給自足を目指して大規模な投資を行っています。例えば、半導体受託製造最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)は、北京市郊外に巨大な工場を建設中であり、ローエンドの半導体の量産化を進めています 。また、クラウドコンピューティングを活用して、米国のGPUへのアクセスを確保し、AI開発を継続するなど、規制の抜け穴を突いた対応も見られます。
米国は、これらの動きに対抗するため、AIチップの輸出規制を強化し、クラウドサービスを通じたチップの利用にも制限を加える方針を示しています 。また、HuaweiのAscendチップに対しても、米国の技術が使用されている可能性があるとして、世界中での使用を警告しています。
シャオミの発表が事実であれば、中国の半導体技術の飛躍的な進歩を示すものであり、米国の技術優位性に対する挑戦となります。一方で、事実でない場合でも、国内外に対する技術力の誇示や、国家的な威信の強化を目的とした戦略的な発表である可能性があります。いずれにせよ、米中間の半導体を巡る技術競争と安全保障上のリスクは、今後も注視が必要です。
リファレンス
[1] "Xiaomi has started mass producing self-developed Xring O1 chip" https://www.reuters.com/business/media-telecom/xiaomi-has-started-mass-producing-self-developed-xring-o1-chip-2025-05-20/
[2] "米国が先端半導体分野で中国への規制強化へ | 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight | 野村総合研究所(NRI)" https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20231019.html
[3] "半導体巡る米中対立は長期戦に…規制外のローエンド量産化を達成した中国、次に狙うのは軍事用の高度化?:東京新聞 TOKYO Web" https://www.tokyo-np.co.jp/article/219912
[4] "米国の制裁が中国の半導体自立の野心をどのように後押ししているか" https://trt.global/nihongo/article/c106cdfcf0ce
[5] "China blasts new US rule banning use of Huawei's Ascend advanced computer chips" https://apnews.com/article/c7c1c82ac65f1b82024a7b07e8505c37
1. ソニー半導体事業の発足と成長
ソニーが半導体事業に本格参入したのは1950年代末から1960年代にかけてである。当時はまだトランジスタラジオの先駆けとして注目を集めていたが、半導体という素材自体に戦略的価値を見出していたことが、後の成功に結びつく。
1.1 トランジスタからイメージセンサーへ
1960年代、ソニーはトランジスタ開発で世界をリードし、日本の電機産業の技術的先導者となった。その後、MOS型IC、CCD、そして1980年代から本格化したCMOSイメージセンサーへと軸足を移していく。
とくにイメージセンサー分野では2000年代以降に大きな飛躍を遂げた。スマートフォン市場の拡大と共に、ソニーのCMOSセンサーは高解像度・低ノイズ性能でApple、Samsung、Huaweiなど主要スマホメーカーに採用され、グローバル市場シェアでトップの地位を確立する。
1.2 分社化と事業再編:Sony Semiconductor Solutionsの誕生
2015年、ソニーはイメージセンサー事業を分社化し、「ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)」を設立。これは、製造業と情報・サービス業の両立に苦しんでいたソニーが、資本効率の向上と機動的経営を求めて行った大規模な事業再編の一環だった。
この分社化により、研究開発、ファウンドリー機能、マーケティングの分離が進み、事業ポートフォリオの集中と最適化が進展した。
2. 困難な課題とソリューション:技術革新と米中摩擦
2.1 技術革新競争
イメージセンサー分野では、SamsungやOmnivisionなどの競合も進化し続けており、技術革新の加速が求められていた。ソニーは、裏面照射型センサー(BSI)、積層型CMOS、ToFセンサーなど新技術を相次いで投入し、競争優位を維持。
また、AIとイメージセンサーの融合を狙い、センシング・インテリジェンス分野にも投資。Edge AIチップをセンサーに内蔵するという世界初の取り組みも展開した。
2.2 米中摩擦とサプライチェーンリスク
2020年、米国による中国Huawei制裁が発動し、ソニーもHuawei向けイメージセンサー出荷を一時停止。これにより、売上の一部が消失し、サプライチェーンの地政学的リスクが顕在化した。
この対応として、ソニーは顧客基盤の多様化、日本国内の製造設備への追加投資、台湾・米国との技術連携強化などを進めており、リスク耐性を高める戦略を取っている。
3. 家電メーカーから総合エンタメ・金融企業への転換
ソニーは1990年代末から「エレクトロニクス一本足打法」からの脱却を模索し始めた。製造業であることの限界と資本収益性の低さに直面し、コンテンツとサービスへの転換が本格化する。
3.1 映画・音楽・ゲームの三本柱
映画:1989年、米Columbia Picturesを買収。損失続きだったが、2000年代以降は「スパイダーマン」などのヒットで安定収益源に。
音楽:ソニー・ミュージックはストリーミング時代に対応し、Beyoncé、Adele、YOASOBIなどを擁する世界的レーベルに成長。
ゲーム:PlayStation事業は1994年の初代発売以来、世界的な成功を収め、現在はソニーグループ最大の売上・利益源。
3.2 金融事業の強化
2001年にソニーフィナンシャルホールディングスを設立。生命保険・損害保険・銀行業を展開し、日本市場における安定収益を提供する「キャッシュカウ」として機能。
2020年には完全子会社化。これは製造業と異なる安定収益モデルの確保を目的とし、経営リスクの分散と持続可能性の確保につながっている。
3.3 インフラ・モビリティ事業への拡大と企業変容の本質
ソニーは近年、エンターテインメントや金融と並んで、新たに「社会インフラ」と「モビリティ」という領域に本格進出している。これは、単なる市場拡大や収益源の多角化ではなく、「テクノロジーを通じた社会的価値の創造」という新たな企業使命の発露である。
⭐モビリティ領域:ソニーが目指す「動くエンターテインメント空間」
Sony Honda Mobility(SHM)の設立背景と意義:2022年、ソニーとホンダは電動車の開発・製造・販売を手がける合弁会社「Sony Honda Mobility Inc.(SHM)」を設立。これはモビリティを単なる移動手段としてではなく、「移動する感動体験の場」と位置づけた試みである。
ソニーが提供する技術
✅CMOSイメージセンサーによる周辺認識
✅AIとエッジコンピューティングによるリアルタイム判断
✅空間音響、映像、UXデザインによる車内体験の革新
ホンダが提供する技術
✅EV基盤技術(バッテリー、車両制御)
✅製造・品質保証のノウハウ
✅グローバルな販売・サービス網
SHMは、「Afeela」というブランド名でEVを発表し、2025年からの量産を目指している。これはApple Car、Tesla、Xiaomiなどと並ぶポスト自動車産業の主導権争いであり、家電・情報・自動車が交錯する最前線だ。
⭐モビリティ×エンタメの統合戦略
SHMが掲げるのは、「車内を映画館、音楽ホール、ゲーム空間にする」という戦略。ここには、ゲーム(PlayStation)、映画(ソニー・ピクチャーズ)、音楽(ソニー・ミュージック)というソニーの強みが結集する。
つまり、SHMは単なるEVメーカーではなく、**「エンターテインメントの最終形態としての自動車」**を創造しようとする試みであり、これはトヨタやVWにはないソニー独自の経営アプローチである。
⭐社会インフラ領域:センシング技術による社会課題解決
防災・監視・都市インフラ
ソニーのCMOSセンサーは、今やスマホやカメラだけでなく、防犯カメラ、スマートシティ、交通監視、災害予測などにも応用されている。
例:都市の交通流をリアルタイムで分析し、渋滞緩和・事故防止に活かすセンシングシステム
例:山間部や河川の監視を行い、洪水や土砂災害の兆候を察知するAI搭載監視カメラ
これらは、センサーとAIを組み合わせた「スマートインフラの中核技術」であり、日本のみならずアジア諸国や欧州などインフラ整備の高度化が求められる地域に展開可能である。
医療・介護領域への応用
医療・介護領域では、非接触型生体センシング技術(心拍、呼吸、表情分析など)を活用し、高齢化社会における見守り支援や医療デバイスの効率化に貢献している。
例:介護施設での転倒予測カメラ
例:遠隔医療のための映像圧縮・通信最適化技術
これは、ソニーがエンタメや家電の企業から、「人間の生命と安心に寄り添う企業」へと転換しつつあることを象徴している。
戦略的意義:産業の交差点で価値を創る「意味のプラットフォーマー」
ソニーのインフラ・モビリティ事業進出は、単なる新市場参入ではなく、既存の技術資産(センサー、AI、映像、音響)を組み合わせて、「意味のある体験」「社会的価値」を創造することを主眼に置いている。
この姿勢は、かつての「Walkman=個人の音楽体験」や「PlayStation=ゲームの共有体験」と同様に、「社会の新しい意味空間をデザインする企業」への進化といえる。
また、政府の「スマートシティ」政策や、「グリーン社会」「超高齢社会」などの国家戦略とも合致し、公共政策とのシナジーを生み出す可能性も高い。
4. 経営判断と国際化戦略
4.1 平井一夫・吉田憲一郎体制の経営改革
2012年以降、元SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)社長である平井一夫がCEOに就任。非中核事業の売却(PC VAIO事業の売却、テレビ事業の分社化)、コンテンツ重視戦略、セグメント別管理体制の導入により、V字回復に成功。
後任の吉田憲一郎体制では、企業構造の「グループ統合(One Sony)」を進め、ICT基盤の強化、人的資本経営、ESG戦略に力を注いでいる。
4.2 国際事業体への進化
かつては「ガラパゴス家電」の象徴とされたソニーだが、今やその収益の大半は海外で生み出されている。ゲーム・音楽・映画・半導体といったグローバルドメインにおいて、競争優位を保ちながら国際経営体制の最適化を進めている。
たとえば、エンタメ部門では米国中心の拠点配置と契約文化に順応。半導体部門では日本国内に開発・製造の中核を持ちつつ、欧米アジアに広がる顧客と連携する分散型グローバル経営を確立している。
ソニーとは何か──技術とコンテンツ、製造と金融の融合体と進む未来
ソニーはもはや「家電メーカー」ではない。それは、製造技術と情報技術、コンテンツと金融、ローカルとグローバルを融合する企業体である。
その変貌は、産業構造の変化を先取りしつつ、自己変革を遂げる経営判断の連続の結果である。今後、AI、自動運転、メタバース、エッジコンピューティングといった新領域への進出が鍵を握るが、これまでと同様に「技術の創造」と「意味の創造」を両立させることができるかが試されている。
インフラとモビリティ分野への拡大は、ソニーが単なる多角化企業を超えて、「未来社会の体験設計者」として立ち位置を築こうとしていることを示す。
✅技術基盤:CMOS、AI、通信、UX
✅戦略基盤:社会課題の解決、ライフスタイルの変革
✅経営基盤:グローバル連携と柔軟な組織設計
ソニーの変革は、「何を作るか」ではなく「何のために作るか」にシフトしている。エンタメ企業の装いを持ちながら、社会システムに深く関与するソニーの姿は、21世紀の産業像を先取りするひとつのモデルとなるだろう。