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2025年トランプ政権の半導体政策緩和─産業政策の再編と対中覇権競争の攻防

2025年夏、トランプ政権は再登板からわずか半年で、バイデン政権期に強化された半導体規制政策を大幅に見直し、緩和へと舵を切った。AI半導体の対中輸出規制の撤廃、スマートフォン・ノートPC・チップなどへの関税除外など、産業界にとっては歓迎すべき内容だが、同時に米中間の覇権争いの構図にも新たな段階が訪れている。この政策の背景には、米国産業の競争力回復と国際サプライチェーンの再構築という戦略的意図があると同時に、中国の技術的台頭への対応という緊迫した問題意識もある。

本稿では、トランプ政権による半導体政策緩和を、バイデン政権のレガシーとの連続性と断絶、米中技術覇権競争の文脈、さらに半導体産業そのものの地政学的重要性と併せて検討する。


1.バイデン政権下の半導体政策:経済安全保障の柱

バイデン政権下では、2022年のCHIPS and Science Actを皮切りに、半導体産業は国家安全保障上の中核と位置づけられた。同法では、米国内の半導体製造能力強化のために520億ドルを超える補助金が投入され、Intel、TSMC、Samsungなどが米国国内に製造拠点を設置することとなった。また、先端半導体技術、とりわけAIチップ(NVIDIAのA100、H100など)については、2023年10月の輸出規制強化により、中国への出荷が事実上停止された。

このような政策は、単なる産業振興にとどまらず、経済安全保障の観点から米国の技術優位を維持・強化するための戦略的取り組みであった。特に先端演算処理能力は、生成AI、スーパーコンピューティング、軍事・偵察分野におけるデュアルユース技術の基盤である。米中対立が深まる中、中国の技術進展を封じ込める「チョークポイント戦略」として半導体は選ばれたのである。


2.トランプ政権の緩和措置:産業振興と選挙戦略

しかし、2025年に復帰したトランプ政権はこれらの規制の一部を見直した。特に注目されたのは、AIチップの輸出規制撤廃と、半導体製品への新関税の適用除外である。背景には、インフレ抑制と国内製造業支援という産業政策上の現実的要請がある。NVIDIAの中国市場からの売上は数十億ドル規模であり、規制の影響は顕著だった。

また、選挙戦略上も重要である。国内製造業復活を唱えるトランプにとって、半導体企業からの支持を確保し、株価と雇用の安定をアピールすることは不可欠だった。NVIDIA株の急騰は象徴的であり、実際、緩和後数日で時価総額が2,000億ドル以上増加したという報道もある。


3.米中覇権競争の視点:緩和のリスクと中国の技術追い上げ

こうした緩和政策は短期的には産業界に恩恵をもたらすが、長期的には米中技術覇権競争におけるリスク要因を含んでいる。中国は国家主導で半導体自立を進めており、華為(Huawei)や中芯国際(SMIC)などの企業が、米国の制裁下でも独自の設計・製造技術を確立しつつある。実際、2023年には7nmプロセスを用いたスマートフォンSoCがHuaweiから登場し、西側諸国に衝撃を与えた。

このような中で輸出規制が緩和されれば、中国企業は最先端のAIチップや設計ツールに再びアクセスできるようになり、自国技術の補完・加速を果たす可能性が高い。中国は国家戦略として「中国製造2025」や「十四五計画」で半導体自給率の向上を掲げ、年間で5兆円規模の政府支援を投入しているとされる。

さらに軍事的応用のリスクもある。AIチップは監視社会の構築だけでなく、無人兵器、戦略シミュレーション、情報戦といった分野でも重要な役割を果たす。米国が輸出緩和によって一時的に経済的利益を得たとしても、長期的には安全保障上の致命的な脆弱性となる恐れがある。


4.半導体産業の地政学と技術の不可逆性

半導体産業の地政学的意味合いは非常に大きい。製造工程は極めて複雑で、装置(ASMLなど)、EDAソフトウェア(Cadence、Synopsys)、素材(フォトレジストなど)の多国間依存性が高い。また最先端の製造能力はTSMC(台湾)、Samsung(韓国)に集中しており、台湾有事は即ち世界経済の危機となる。

米国は製造装置や設計ツールでは依然として世界の技術的優位を保っているが、製造・組立工程においては海外依存を脱しきれていない。CHIPS Actを通じた米国内製造回帰も、短中期的には限界がある。このような状況で、トランプ政権の緩和策は「一歩進んで二歩下がる」ような矛盾を内包しているとも言える。


5.今後の展望:バランスの取れた政策が必要

半導体政策は、経済振興と安全保障、そして地政学的リスクの三者の間で常にトレードオフを求められる。米国は技術の最前線を維持しつつ、中国の技術的追い上げを抑制し、自国産業の健全な競争環境を守る必要がある。

今後は、技術供与の範囲を精密に設計し、軍民転用リスクが高い分野については依然として厳格な管理を継続しながら、同盟国との連携を強化することが求められる。欧州、日本、台湾、韓国とのサプライチェーン協定や技術同盟の深化も不可欠である。

また、国内では研究開発支援、STEM教育への投資、労働力の育成など、長期的な産業基盤の整備を進めるべきである。中国との覇権競争は単なる規制の強弱ではなく、技術的土台の持久戦である。


結語

トランプ政権が進める半導体政策の緩和は、産業界に対する迅速な対応であると同時に、米中間の技術覇権競争に新たな課題を投げかけている。国家安全保障と経済の両立、民主主義陣営の技術的自立、そして未来の技術覇権の行方を見定める上で、政策はより戦略的かつ多元的に設計される必要がある。技術の優位を保つためには、単なる緩和ではなく、制度、教育、国際協力、研究開発といった多面的な取り組みが不可欠である。

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