TOP > 半導体技術・産業動向の教養 > 半導体供給の脆弱性
活況な半導体市場にありながら半導体不足が叫ばれる原因は、半導体のサプライチェーンが非常に危ういバランスの上に成り立っていることです。半導体市場は何かの拍子にサプライチェーンの一部がプツリと切れて、半導体が供給できなくなる危険性と常に隣り合わせなのです。
半導体の供給が急に止まる危険性が高い主な理由として、次の2つが挙げられます。
●半導体のサプライチェーンは世界中を駆け巡っている
●半導体材料や製造装置の分野では特定の会社が高いシェアを占めている
半導体のサプライチェーンは世界中を駆け巡っており、例えば半導体製造工場が日本にある場合でも、ウェハーの材料となるシリコンは中国やノルウェーで生産され、日本や韓国でウェハーに加工されます。近年では半導体の製造に使うヘリウムやネオン、アルゴンといった貴ガスの多くがウクライナで生産されていることが話題になっています。半導体の製造工程も、世界中を股にかけた水平分業が進んでおり、設計は米国の会社、前工程は台湾の会社、最後の後工程はマレーシアの会社で行われるようなケースが珍しくありません。つまり遠く離れた他国で起こった事故や災害であっても、そこがサプライチェーンの一部を担っていた場合、半導体供給に影響を及ぼす可能性があるのです。
また、特に半導体材料や半導体製造装置メーカーにおいて、特定の会社が高いシェアを占めているのが半導体業界の特徴であり、急な供給ストツプを引き起こすリスク要因になっています。例えばシリコンウェハーであれば、信越化学工業が世界のシェアの30%弱を、SUMCOが世界のシェアの20%近くを担っています。また、ウェハーに回路を転写する際に使うフォトマスクでは、大日本印刷と凸版印刷(2022年4月にトッパンフォトマスクというフォトマスク製造会社を会社分割により設立)が高いシェアをもっています。さらにウェハー洗浄装置においてはSCREENホールデイングスが40%のシェアをもち、東京エレクトロンも、フォトレジストを塗布、現像する装置(コータ。デベロッパ)において90%のシェアを誇ります。これらはすべて日本の企業ですから、2011年3月の東日本大震災のように、日本の広い範囲に影響を及ぼすような災害が起これば、世界中で半導体が作れなくなる事態が発生する可能性があるのです。
このように、半導体のサプライチェーンは実は常に危うい状態にあるのです。実際にコロナ禍で半導体不足が叫ばれる以前からも、半導体供給の危機は繰り返し発生していました。例えば1993年の7月には住友化学工業(現住友化学)の愛媛工場で火災が発生しました。この工場では半導体のパッケージングに使われるエポキシ樹脂を製造しており、当時は世界シェアの63%を担っていたのです。火災の影響で住友化学工業ではlヵ月ほどの生産停止が発生し、世界中の半導体メーカーがエポキシ樹脂の確保に奔走することになりました。この出来事はコロナ禍よりも前に起こったため、半導体不足という形で注目されることはありませんでしたが、その後の東日本大震災を経て、熊本地震やコロナ禍によって半導体供給が抱えるリスクが世間の関心を集めるようになったのです。
その後も世界ではさまざまな危機が起こっています。2021年の2月には米国のテキサス州を襲ちた大寒波により大規模な停電が発生しました。これによリサムスン電子やドイツインフイニオン・テクノロジーズといった半導体メーカーのテキサス州の工場が最長で数ヵ月の生産停止に陥っています。特に米国の一部の州などでは電力の自由化が進んでいることから、日本に比べると大規模停電のリスクが高い状態にあります。通常、半導体工場では自家発電装置を備えていますが、それでも大規模停電のような長期の停電には対応しきれません。
さらに、2022年1月2日には半導体製造装置メーカーであるASMLのドイツエ場でも火災が発生しました。ASMLはオランダの会社ですが、ドイツのベルリンにも工場を持っており、そこで火災が発生したのです。ASMLではEUVという波長の極めて短い紫外線を使った露光装置を作っているのですが、この露光装置をほかの会社はいっさい作っていないためシェアが100%なのです。この工場の火災により、露光装置の部品の一部がしばらくの間生産停止となり、その結果として最先端の半導体工場の設備納入と生産立ち上げが遅れ、そこで生産予定だった半導体の供給が遅れる事態が発生しました。
また2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻のような戦争をはじめ、テロやクーデターなども国内の安全が脅かされるため、安定した半導体の供給を難しくする要因です。
火災や地震、戦争、テロなどの場合は基本的に製造工場や製造装置が被災してしまうので、復旧に多くの時間がかかってしまいます。このため半導体の供給が長期間ストップしてしまうことは容易に理解できるかと思います。実は停電によって工場の製造装置が短期間だけ停止してしまっても、長期にわたって半導体を生産できなくなってしまうことも知っておくべきポイントです。
停電の場合には、電力の供給そのものは長くても数日で復旧しますが、停電により半導体製造装置の中に仕掛品が残ってしまうため、それらを一度すべて取り除き、また最初から製造を始めなければいけません。例えば前工程であれば、ウエハーからさまざまな薄膜を積み重ねて出荷できる状態になるまでに3カ月近くかかります。そのため一度の停電であっても長い間、半導体の出荷ができなくなってしまうのです。
このように、コロナ禍以前も今も、半導体業界は常に供給不足のリスクを抱えているのです。日本は地震をはじめとした災害の多い国であり、さらに半導体材料や製造装置において高いシェアをもつ企業を多く抱えているため、供給不足の引き金を引いてしまう可能性があります。また一度生産を止めてしまうと数ヵ月にわたって出荷ができなくなってしまうという半導体工場の特性からも、いつどのような形で再び半導体の供給不足が起こっても不思議ではないといえるでしよう。
[オススメ記事]半導体供給の特性とその課題――フロー性と遅行性の視点
[オススメ記事]シリコンサイクルとは何か――変動する半導体景気とその本質