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ソニーの変貌:半導体からエンタメ、金融、そしてインフラへ──多角化とグローバル戦略の経営史

1. ソニー半導体事業の発足と成長

ソニーが半導体事業に本格参入したのは1950年代末から1960年代にかけてである。当時はまだトランジスタラジオの先駆けとして注目を集めていたが、半導体という素材自体に戦略的価値を見出していたことが、後の成功に結びつく。

1.1 トランジスタからイメージセンサーへ
1960年代、ソニーはトランジスタ開発で世界をリードし、日本の電機産業の技術的先導者となった。その後、MOS型IC、CCD、そして1980年代から本格化したCMOSイメージセンサーへと軸足を移していく。

とくにイメージセンサー分野では2000年代以降に大きな飛躍を遂げた。スマートフォン市場の拡大と共に、ソニーのCMOSセンサーは高解像度・低ノイズ性能でApple、Samsung、Huaweiなど主要スマホメーカーに採用され、グローバル市場シェアでトップの地位を確立する。

1.2 分社化と事業再編:Sony Semiconductor Solutionsの誕生
2015年、ソニーはイメージセンサー事業を分社化し、「ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)」を設立。これは、製造業と情報・サービス業の両立に苦しんでいたソニーが、資本効率の向上と機動的経営を求めて行った大規模な事業再編の一環だった。

この分社化により、研究開発、ファウンドリー機能、マーケティングの分離が進み、事業ポートフォリオの集中と最適化が進展した。


2. 困難な課題とソリューション:技術革新と米中摩擦

2.1 技術革新競争
イメージセンサー分野では、SamsungやOmnivisionなどの競合も進化し続けており、技術革新の加速が求められていた。ソニーは、裏面照射型センサー(BSI)、積層型CMOS、ToFセンサーなど新技術を相次いで投入し、競争優位を維持。

また、AIとイメージセンサーの融合を狙い、センシング・インテリジェンス分野にも投資。Edge AIチップをセンサーに内蔵するという世界初の取り組みも展開した。

2.2 米中摩擦とサプライチェーンリスク
2020年、米国による中国Huawei制裁が発動し、ソニーもHuawei向けイメージセンサー出荷を一時停止。これにより、売上の一部が消失し、サプライチェーンの地政学的リスクが顕在化した。

この対応として、ソニーは顧客基盤の多様化、日本国内の製造設備への追加投資、台湾・米国との技術連携強化などを進めており、リスク耐性を高める戦略を取っている。


3. 家電メーカーから総合エンタメ・金融企業への転換

ソニーは1990年代末から「エレクトロニクス一本足打法」からの脱却を模索し始めた。製造業であることの限界と資本収益性の低さに直面し、コンテンツとサービスへの転換が本格化する。

3.1 映画・音楽・ゲームの三本柱
映画:1989年、米Columbia Picturesを買収。損失続きだったが、2000年代以降は「スパイダーマン」などのヒットで安定収益源に。

音楽:ソニー・ミュージックはストリーミング時代に対応し、Beyoncé、Adele、YOASOBIなどを擁する世界的レーベルに成長。

ゲーム:PlayStation事業は1994年の初代発売以来、世界的な成功を収め、現在はソニーグループ最大の売上・利益源。

3.2 金融事業の強化
2001年にソニーフィナンシャルホールディングスを設立。生命保険・損害保険・銀行業を展開し、日本市場における安定収益を提供する「キャッシュカウ」として機能。

2020年には完全子会社化。これは製造業と異なる安定収益モデルの確保を目的とし、経営リスクの分散と持続可能性の確保につながっている。

3.3 インフラ・モビリティ事業への拡大と企業変容の本質
ソニーは近年、エンターテインメントや金融と並んで、新たに「社会インフラ」と「モビリティ」という領域に本格進出している。これは、単なる市場拡大や収益源の多角化ではなく、「テクノロジーを通じた社会的価値の創造」という新たな企業使命の発露である。

モビリティ領域:ソニーが目指す「動くエンターテインメント空間」
Sony Honda Mobility(SHM)の設立背景と意義:2022年、ソニーとホンダは電動車の開発・製造・販売を手がける合弁会社「Sony Honda Mobility Inc.(SHM)」を設立。これはモビリティを単なる移動手段としてではなく、「移動する感動体験の場」と位置づけた試みである。

ソニーが提供する技術
 ✅CMOSイメージセンサーによる周辺認識
 ✅AIとエッジコンピューティングによるリアルタイム判断
 ✅空間音響、映像、UXデザインによる車内体験の革新

ホンダが提供する技術
 ✅EV基盤技術(バッテリー、車両制御)
 ✅製造・品質保証のノウハウ
 ✅グローバルな販売・サービス網

SHMは、「Afeela」というブランド名でEVを発表し、2025年からの量産を目指している。これはApple Car、Tesla、Xiaomiなどと並ぶポスト自動車産業の主導権争いであり、家電・情報・自動車が交錯する最前線だ。

モビリティ×エンタメの統合戦略
SHMが掲げるのは、「車内を映画館、音楽ホール、ゲーム空間にする」という戦略。ここには、ゲーム(PlayStation)、映画(ソニー・ピクチャーズ)、音楽(ソニー・ミュージック)というソニーの強みが結集する。

つまり、SHMは単なるEVメーカーではなく、**「エンターテインメントの最終形態としての自動車」**を創造しようとする試みであり、これはトヨタやVWにはないソニー独自の経営アプローチである。

社会インフラ領域:センシング技術による社会課題解決
防災・監視・都市インフラ
ソニーのCMOSセンサーは、今やスマホやカメラだけでなく、防犯カメラ、スマートシティ、交通監視、災害予測などにも応用されている。

例:都市の交通流をリアルタイムで分析し、渋滞緩和・事故防止に活かすセンシングシステム

例:山間部や河川の監視を行い、洪水や土砂災害の兆候を察知するAI搭載監視カメラ

これらは、センサーとAIを組み合わせた「スマートインフラの中核技術」であり、日本のみならずアジア諸国や欧州などインフラ整備の高度化が求められる地域に展開可能である。

医療・介護領域への応用
医療・介護領域では、非接触型生体センシング技術(心拍、呼吸、表情分析など)を活用し、高齢化社会における見守り支援や医療デバイスの効率化に貢献している。

例:介護施設での転倒予測カメラ

例:遠隔医療のための映像圧縮・通信最適化技術

これは、ソニーがエンタメや家電の企業から、「人間の生命と安心に寄り添う企業」へと転換しつつあることを象徴している。

戦略的意義:産業の交差点で価値を創る「意味のプラットフォーマー」
ソニーのインフラ・モビリティ事業進出は、単なる新市場参入ではなく、既存の技術資産(センサー、AI、映像、音響)を組み合わせて、「意味のある体験」「社会的価値」を創造することを主眼に置いている。

この姿勢は、かつての「Walkman=個人の音楽体験」や「PlayStation=ゲームの共有体験」と同様に、「社会の新しい意味空間をデザインする企業」への進化といえる。

また、政府の「スマートシティ」政策や、「グリーン社会」「超高齢社会」などの国家戦略とも合致し、公共政策とのシナジーを生み出す可能性も高い。



4. 経営判断と国際化戦略

4.1 平井一夫・吉田憲一郎体制の経営改革
2012年以降、元SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)社長である平井一夫がCEOに就任。非中核事業の売却(PC VAIO事業の売却、テレビ事業の分社化)、コンテンツ重視戦略、セグメント別管理体制の導入により、V字回復に成功。

後任の吉田憲一郎体制では、企業構造の「グループ統合(One Sony)」を進め、ICT基盤の強化、人的資本経営、ESG戦略に力を注いでいる。

4.2 国際事業体への進化
かつては「ガラパゴス家電」の象徴とされたソニーだが、今やその収益の大半は海外で生み出されている。ゲーム・音楽・映画・半導体といったグローバルドメインにおいて、競争優位を保ちながら国際経営体制の最適化を進めている。

たとえば、エンタメ部門では米国中心の拠点配置と契約文化に順応。半導体部門では日本国内に開発・製造の中核を持ちつつ、欧米アジアに広がる顧客と連携する分散型グローバル経営を確立している。


ソニーとは何か──技術とコンテンツ、製造と金融の融合体と進む未来

ソニーはもはや「家電メーカー」ではない。それは、製造技術と情報技術、コンテンツと金融、ローカルとグローバルを融合する企業体である。

その変貌は、産業構造の変化を先取りしつつ、自己変革を遂げる経営判断の連続の結果である。今後、AI、自動運転、メタバース、エッジコンピューティングといった新領域への進出が鍵を握るが、これまでと同様に「技術の創造」と「意味の創造」を両立させることができるかが試されている。

インフラとモビリティ分野への拡大は、ソニーが単なる多角化企業を超えて、「未来社会の体験設計者」として立ち位置を築こうとしていることを示す。

 ✅技術基盤:CMOS、AI、通信、UX
 ✅戦略基盤:社会課題の解決、ライフスタイルの変革
 ✅経営基盤:グローバル連携と柔軟な組織設計

ソニーの変革は、「何を作るか」ではなく「何のために作るか」にシフトしている。エンタメ企業の装いを持ちながら、社会システムに深く関与するソニーの姿は、21世紀の産業像を先取りするひとつのモデルとなるだろう。



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